桜島の灰はどこまで飛ぶのか。実は東京まで飛んだことがある

鹿児島で暮らしていると、天気予報と同じくらい気になるのが「桜島上空の風向き」です。今日は市街地側に灰が来るのか、それとも大隅半島側か。洗濯物を外に干すか、車を洗うか…そんな判断が、風向きひとつで変わります。

ところで、ふと考えたことはないでしょうか。桜島の灰は、いったいどこまで飛ぶのだろう、と。

答えのひとつを先に言ってしまいます。東京です。それも伝説や誇張ではなく、観測記録に基づく話です。今回は「灰はどこまで飛ぶのか」を軸に、100年前の大噴火から、江戸時代の古文書、そして現代の鹿児島の日常まで、灰の旅路をたどってみます。

東京に桜島の灰が降った日

1914年(大正3年)1月12日午前10時頃、桜島は20世紀に日本が経験した最大規模の噴火を起こしました。いわゆる「大正大噴火」です。南岳の西と東の山腹、2つの割れ目から噴火が始まり、灰と火山ガスが柱のように噴き上がる「噴煙柱」が2本、約48時間立ち続けました。噴煙の高さは資料により幅がありますが、1万〜1万8千メートルと推定されています。噴火の規模を示すVEI(火山爆発指数)は4。溶岩を含めた噴出物は約2立方キロメートルに達しました。

この噴火で流れ出た溶岩は、幅約360メートル・水深約75メートルの瀬戸海峡を埋め、1月29日に海峡は閉塞。桜島は大隅半島と陸続きになり、文字どおりの「島」ではなくなりました。今日の桜島の姿は、この噴火がつくったものです。

そして灰は、想像をはるかに超える旅をしました。当時の気象観測網の記録に基づく研究によれば、灰の到達は次のような時間経過をたどります。

・1月13日午前8時:福岡

・1月13日深夜:大阪(桜島から約560キロメートル)

1月14日朝:東京(桜島から約959キロメートル)

・1月14日午後:仙台

噴火開始からおよそ2日で、灰は東京の空に達したのです。

査読付きの学術論文にも、長崎・大阪・東京での降灰観測が距離とともに記録されています。気象庁の公式記録には「降灰は仙台に達する」と明記されており、北東方向へ約1,200キロメートル。

さらに南東方向では、約1,200キロメートル離れた小笠原諸島でも顕著な降灰が報告されています。

なお、遠くカムチャツカ半島まで達したとされる記載もありますが、こちらは公式記録では確認されていない伝聞レベルの話です。

足元の鹿児島では、桜島のほぼ全域が20センチ以上の灰に覆われ、厚いところでは2メートルを超えました。

志布志で約30センチ、大隅半島の約半分で10センチ以上。火口から200キロ圏内では、噴火から1週間後の1月19日まで灰が降り続いたといいます。

「東京到達は一度だけ」ではなかった。江戸にも灰は降っていた

近代的な気象観測の記録の上では、桜島の灰が東京に届いたのはこの大正大噴火の一度だけです。ここで話が終われば十分「へえ」なのですが、実はもうひとひねりあります。

江戸時代にも、桜島の灰は「江戸」に降っていたのです。

1779年(安永8年)の安永大噴火について、各地の古文書を突き合わせた研究(津久井雅志、2011年)があります。

それによれば、降灰の記録は「紀州熊野、土佐海辺、尾州、関東辺、江戸」など各地に残っており、降灰の前面は時速50〜100キロメートルで北東へ進み、桜島から約1,200キロメートル離れた東北地方まで到達。

降灰面積は約23万3千平方キロメートル——日本の国土の6割ほどに相当する広さと復元されています。

時速50〜100キロといえば、特急列車なみの速さです。鹿児島で噴き上がった灰が、その速度で日本列島を駆け抜けていく。江戸の人々は、900キロ以上離れた薩摩の火山の灰を、知ってか知らずか頭上に受けていたことになります。

つまり「桜島の灰が東京(江戸)まで飛んだ」のは、記録に残る限り少なくとも二度。100年に一度あるかないかの大噴火のたびに、灰は列島を横断してきたわけです。

なぜ灰はそんなに飛ぶのか

理屈は、意外とシンプルです。ポイントは「噴煙柱の高さ」と「上空の風」の掛け算にあります。

火山灰は、噴煙柱に乗って上空へ運ばれます。噴煙が高く上がるほど、上空の強い風、日本の上空でいえば西から東へ吹く「偏西風」に乗って、遠くまで運ばれることになります。これは気象庁が「降灰予報」を出す際の前提となっている、基本的なメカニズムです。

大正大噴火も安永大噴火も、噴火が起きたのは冬でした。

冬の日本上空には強い北西〜西の風が吹いています。だからどちらの噴火でも、降灰域は桜島から見て北東方向。つまり本州を縦断する方向に伸びたのです。

福岡、大阪、東京、仙台という到達順は、偏西風が灰を運んだ航路そのものといえます。

灰が飛行機を止め、地球を一周した話

「上空の風が灰を運ぶ」ことのスケール感は、海外の事例を見るとさらによくわかります。

2010年4月、アイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル火山が噴火しました。

噴煙の高さは約9,000メートルと、大正大噴火より小規模です。ところが灰は偏西風に乗ってヨーロッパ全域に広がり、約30カ国が空域を閉鎖。

4月15日からの累計で約6万3千便が欠航する、航空史に残る大混乱となりました。灰は翌日までにアイスランドからカザフスタンまで広がったといいます。

さらに極端な例が、1991年のフィリピン・ピナトゥボ火山です。

噴出物は成層圏(高度およそ10キロより上の大気の層)に達し、硫酸塩エアロゾル(大気中を漂う細かな粒子)は約3週間で地球を一周。地表に届く太陽光が最大5%減り、世界の平均気温は約0.4℃下がりました。

1993年の日本の記録的な冷夏の一因になったともされています。「灰はどこまで飛ぶのか」の究極の答えは、「地球一周」なのかもしれません。

こうして見ると、大正大噴火の灰が東京や小笠原まで届いたのは決して不思議なことではなく、高い噴煙と強い風がそろえば当然起こることだとわかります。

そして現在。灰は今日も、どこかへ飛んでいる

大噴火の話ばかりしましたが、桜島は今も現役の活火山です。1972年頃から活発な噴火活動を続けており、多い年には年400回以上、近年でも年200回程度の爆発を繰り返しています。鹿児島地方気象台は降灰量を1平方メートルあたりのグラム数で継続観測しており、鹿児島県も県内62地点で観測を続けています。

面白いのは、日常の降灰にもはっきりした「季節性」があることです。桜島上空約1,500メートルの風を平均すると、冬は北西風、梅雨時は西南西風、夏は南東風が卓越します。その結果…

冬〜春:灰は大隅半島(垂水など)側へ

夏(特に7月中旬〜8月中旬)灰は鹿児島市街地側へ

「夏は鹿児島市側、冬は大隅半島側が大変」というのが、地元の実感です。

気象庁は1985年から桜島上空の風向きを毎日予報しており、現在は噴火後5〜10分で出る「降灰予報(速報)」など、3本立ての降灰予報も運用されています。

地元テレビの天気コーナーに「桜島上空の風・降灰予想」の枠が常設されているのは、鹿児島ならではの光景でしょう。

鹿児島市には、降った灰を入れて出すための専用袋「克灰袋」まであります。

灰に「打ち克つ」と書いて克灰袋。

市内約6,500カ所の指定置場から灰だけが回収され、埋め立て処分される仕組みが行政システムとして整っています。100年前に列島を横断した灰は、いまは黄色い袋に詰められて、粛々と処理されているわけです。

洗濯物を干す前に、桜島の風をチェックする

「灰がどこへ飛ぶか」を決めるのは、上空の風。そして鹿児島県民にとって、これは雑学ではなく毎朝の実用問題です。風向きを読み違えると、干したばかりの洗濯物や洗ったばかりの車が、灰をかぶることになります。

じつは筆者も、この「灰はどこへ飛ぶのか」が気になって、自分でWebアプリを作ってしまいました。「桜島の上空の風向きチェック」という、現在から24時間後までの桜島上空の風向きがひと目でわかるシンプルなアプリです。今日これから洗濯物を干して大丈夫か、車を洗うなら今日か明日か。そんな判断のお供にどうぞ。

大正大噴火の灰が2日かけて東京まで旅をしたのも、今日の灰が市街地側に降るか大隅側に降るかも、原理は同じ「上空の風」です。100年前の観測員が記録した灰の航路を、いまはブラウザで手軽に先読みできる。そう思うと、少し感慨深いものがあります。鹿児島にお住まいの方は、よろしければ一度のぞいてみてください。

おわりに。次に灰が東京へ飛ぶ日

桜島の灰は、大正大噴火で東京・仙台・小笠原まで、安永大噴火では東北地方まで届きました。約100年の近代観測の中で東京到達は一度だけ。しかし古文書までさかのぼれば、それが「一度きりの奇跡」ではなく、大噴火のたびに繰り返されてきた現象だとわかります。

桜島は今日も噴煙を上げ、灰は風に乗ってどこかへ飛んでいきます。ほとんどの日、その旅は鹿児島県内で終わります。けれども噴煙が1万メートルを超え、冬の偏西風が強く吹く日が、いつかまた来るかもしれません。そのとき東京の空にうっすら降る灰に、気づく人はどれくらいいるでしょうか。

鹿児島の空を見上げるとき、その灰の行き先の遠さを、ときどき思い出してみてください。


参考文献・参照URL

学術論文

  • Rahadianto, H. et al. (2022) “Long-term ash dispersal dataset of the Sakurajima Taisho eruption for ashfall disaster countermeasure”, Earth System Science Data 14
    https://essd.copernicus.org/articles/14/5309/2022/
  • Todde, A. et al. (2017) “The 1914 Taisho eruption of Sakurajima volcano”, Bulletin of Volcanology 79:72
    https://link.springer.com/article/10.1007/s00445-017-1154-4
  • 津久井雅志(2011)「史料にもとづく桜島火山1779年安永噴火の降灰分布」『火山』56(2-3)
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/kazan/56/2-3/56_KJ00007331765/_article/-char/ja/

公的機関

  • 気象庁「桜島 有史以降の火山活動」 https://www.data.jma.go.jp/vois/data/fukuoka/506_Sakurajima/506_history.html
  • 気象庁「降灰予報の説明」 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/kazan/qvaf/qvaf_guide.html
  • 鹿児島地方気象台「月別降灰量」 https://www.jma-net.go.jp/kagoshima/vol/data/skr_ash_vol.html
  • 政府広報オンライン「降灰予報」 https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201502/1.html
  • 内閣府防災「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書(1914 桜島噴火)」 https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1914_sakurajima_funka/index.html
  • 国立公文書館 デジタル展示「桜島噴火」 https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/saigai/contents/04_110.html
  • 産総研 地質調査総合センター「桜島 大正噴火」 https://gbank.gsj.jp/volcano/esdb/go.php?volc=Aira_1914
  • 鹿児島市「大正噴火による被害等」 https://www.city.kagoshima.lg.jp/kikikanri/kazan/taisho_eruption.html
  • 鹿児島市「克灰袋の提供」 https://www.city.kagoshima.lg.jp/kankyo/kankyo/eisei/kurashi/sekatsukankyo/kazanbai/kokuhaibukuro.html
  • 鹿児島県「桜島降灰量観測結果」 http://www.pref.kagoshima.jp/aj01/bosai/sonae/sakurajima/sakurajimakouhairyou2.html

大学・研究機関ほか

  • 鹿児島大学理学部「桜島の降灰」 https://www.sci.kagoshima-u.ac.jp/oyo/ashfall.html
  • 鹿児島大学「かだいおうち Advanced Course 火山灰雲」 https://www.sci.kagoshima-u.ac.jp/oyo/advanced/disaster/ash_cloud.html
  • 東京大学地震研究所「2010年4月 エイヤフィヤトラヨークトル火山の噴火」 https://www.eri.u-tokyo.ac.jp/TOPICS_OLD/outreach/2010/04/201004_iceland/
  • 国立環境研究所「火山の噴火で地球が冷える?」 https://www.nies.go.jp/kokkanken_view/lite-20240524-2.html
  • 災害防止研究所「フィリピン ピナトゥボ火山噴火」 https://www.saibouken.or.jp/archives/7656
  • Wikipedia「桜島の大正大噴火」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%9C%E5%B3%B6%E3%81%AE%E5%A4%A7%E6%AD%A3%E5%A4%A7%E5%99%B4%E7%81%AB
  • Wikipedia「2010年のエイヤフィヤトラヨークトルの噴火による交通麻痺」 https://ja.wikipedia.org/wiki/2010%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%A4%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AB%E3%81%AE%E5%99%B4%E7%81%AB%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E4%BA%A4%E9%80%9A%E9%BA%BB%E7%97%BA
  • Wikipedia「克灰袋」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%8B%E7%81%B0%E8%A2%8B

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