富士山のふもとに広がる「未来の実験都市」で、AIが街を動かし始めています。トヨタ自動車とWoven by Toyota(ウーブン・バイ・トヨタ=トヨタのソフトウェア開発子会社)は2026年4月22日、静岡県裾野市のWoven City(ウーブン・シティ) で展開する最新AI技術群を発表しました。
世界トップクラスの映像AI、街全体を安全に守る統合システム、そして豊田章男会長の思考パターンを再現した「Akio Toyoda AI(豊田章男AI)」——テック企業ではなく自動車メーカーが、AIの社会実装で世界の最先端を走ろうとしています。
Woven Cityとは何か — 富士山のふもとの「生きた実験室」
まず、Woven Cityの基本をおさらいします。
概要
Woven Cityは、トヨタが2020年のCES(シーイーエス=毎年1月にラスベガスで開催される世界最大の家電・テクノロジー見本市)で構想を発表し、静岡県裾野市の旧トヨタ自動車東日本・東富士工場の跡地(約70エーカー=東京ドーム約6個分)に建設した実験都市です。2025年9月に正式にオープンしました。
「かけ算」という発想
Woven Cityの基本コンセプトは「Kakezan(かけ算)」*です。これは足し算ではなく「掛け算」で価値を生み出すという考え方で、トヨタの量産技術、Woven by Toyotaのソフトウェア開発力、そして参画企業やスタートアップの独自の能力を「掛け合わせる」ことで、単独では実現できないインパクトを社会に届けることを目指しています。
住んでいるのは誰?
現在、Phase 1(第1期)のエリアに約100名のウィーバー(Weavers=「織り手」の意味、Woven Cityの住民のこと) が暮らしています。主にトヨタグループの社員とその家族で、最終的には約300名が居住する予定です。
街にはインベンター(Inventors=「発明家」の意味、Woven Cityで製品やサービスを開発・テストする企業やスタートアップ) が参画しており、今回の発表で新たに4社が加わり、合計24社となりました。
今回発表されたAI技術 — 5つの柱
1. Woven City AI Vision Engine(AIビジョンエンジン)
今回の発表の中核となる技術です。
AI Vision Engineは、Woven by Toyotaが自社開発した大規模AIファウンデーションモデル(foundation model=さまざまなタスクに応用可能な汎用的な基盤AI) で、街の状況をリアルタイムで理解し、対応する能力を持っています。
具体的には:
- カメラ映像、モビリティシステム(移動手段全般のシステム)、ユーザー入力などの視覚・行動・環境データを統合
- パターンの検出、潜在的なリスクの発見、接続されたシステム間の連携した対応を実現
- MVBench Leaderboard(エムブイベンチ・リーダーボード=映像ベースのAI理解力を評価する国際的なベンチマーク) で世界トップクラスのスコアを獲得
Automotive Newsの報道によると、このエンジンは映像フィードをリアルタイムで処理し、リスクの特定、パターンの検出、予測を行い、自動運転車、ロボティクス、製造業への応用が見込まれています。
トヨタとWoven by Toyotaは、このAI Vision EngineをWoven City内にとどめず、外部への展開も計画していると述べています。
2. 統合ANZENシステム(Integrated ANZEN System)
AI Vision Engineの能力を土台に、さらに2つのAI技術を組み合わせた統合安全システムです。「ANZEN(安全)」という日本語がそのまま名前になっています。
- Woven City Behavior AI(ビヘイビアAI=行動AI):人間の行動パターンを解釈・予測するAI。歩行者がどう動くか、ドライバーがどう反応するかを事前に予測します
- Woven City Drive Sync Assist(ドライブ・シンク・アシスト=運転同期支援):ドライバーのニーズと周囲の状況に基づいて運転支援を提供するシステム
この3つ(AI Vision Engine + Behavior AI + Drive Sync Assist)が連携することで、人・モビリティ・インフラが一つの統合システムとして機能し、歩行者とドライバーの両方に安全情報を提供します。
3. Woven City Infra Hub & Data Fabric(インフラハブ&データファブリック)
街全体のデータを統合・管理するためのプラットフォームです。
- Infra Hub(インフラハブ=統合データプラットフォーム):街中のさまざまなデータを一元化
- Data Fabric(データファブリック=データ管理フレームワーク):個人の好みやプライバシーを尊重しながら、データの活用を促進する仕組み
4. ドライバーの心理状態を分析するAIエージェント
BigGo Financeの報道によると、トヨタはドライバーの心理状態を分析するAIエージェントも公開しています。運転中のドライバーの感情や集中力をAIが分析し、安全運転を支援する技術です。
5. 映像をリアルタイムで言語化するAI
カメラで撮影した映像を瞬時にテキストに変換する技術も披露されました。この技術は、車両システムやロボットの認識能力を向上させるなど、幅広い応用が期待されています。
「豊田章男AI」の衝撃 — 経営者の思考をAIに継承
今回の発表で最も注目を集めたのが、Akio Toyoda AI(豊田章男AI) です。
どんなAIなのか
豊田章男会長自身が開発に関与し、会長の過去の膨大なスピーチやインタビューのデータを学習させたAIモデルです。豊田会長のリーダーシップスタイルと意思決定アプローチを反映し、トヨタグループ全体でのAI導入推進と目的志向の協業を促進するために設計されています。
実際のデモンストレーション
BigGo Financeの報道によると、公開デモでは来場者がAIに質問すると、豊田会長の声のトーンや話し方に非常に似た形で回答が返ってきたそうです。
たとえば「豊田さん、テレビは見ますか?」と聞くと、AIは「見ますよ。テレビはまだ影響力がありますからね。だから気にして見ています」と、豊田章男氏らしい口調で答えたと報じられています。
Metaのザッカーバーグ・クローンとの比較
先日記事にした、Meta(メタ)がCEOマーク・ザッカーバーグの3DフォトリアリスティックAIクローンを開発しているというニュースと比較すると、興味深い違いがあります。
| 豊田章男AI | ザッカーバーグAIクローン | |
|---|---|---|
| 目的 | AI導入の推進、経営哲学の共有 | 従業員とのコミュニケーション代替 |
| 技術 | 音声・思考パターンの再現 | 3Dフォトリアリスティック映像 |
| 対象 | トヨタグループ全体 | Meta社内の79,000人 |
| 開発者の関与 | 豊田会長自身が参加 | ザッカーバーグ自身が週5-10時間 |
経営者のAI化という同じトレンドの中でも、トヨタは「経営哲学の継承」、Metaは「CEOの存在の拡張」と、アプローチの違いが鮮明です。
インベンター・ガレージ — 50年の歴史を持つ工場がイノベーション拠点に
今回、もう一つの大きな発表がインベンター・ガレージ(Inventor Garage=インベンターのための開発拠点) の稼働開始です。
場所の歴史
インベンター・ガレージは、トヨタ自動車東日本の東富士工場の旧プレス工場に設置されました。この工場は50年以上にわたって乗用車の生産を支えてきた場所です。日本語で言う「ものづくり(monozukuri=”ものを作る技術と精神”を意味する日本語)」の精神を受け継ぎつつ、新しいイノベーションの場として生まれ変わりました。
3段階の開発ループ
Woven Cityには、世界でも珍しい3段階の開発ループが完成しました:
- インベンター・ガレージ:アジャイル(素早い反復型の)開発とプロトタイピング(試作品の製作)
- インベンター・フィールド:専用テスト環境での制御された検証
- Phase 1 居住エリア:約100人のウィーバーが暮らす実際の生活環境でのリアルワールドテスト
コンセプトから実用化までを、この3つの環境を循環させながら、安全性を維持しつつ高速に進める仕組みです。
新たに参画した4社 — 空飛ぶタクシーからAIカラオケまで
今回、4社がインベンターとしてWoven Cityに新たに参画しました。
1. Joby Aviation(ジョビー・アビエーション)
eVTOL(イーブイトール=電動垂直離着陸機、いわゆる「空飛ぶクルマ」)の開発・製造企業。エアモビリティ・エコシステム(空の移動手段を中心とした事業の生態系) の探索をWoven Cityで行います。トヨタはJoby Aviationに以前から出資しており、この参画は空のモビリティとの連携を深める動きです。
2. 第一興商(DAIICHIKOSHO)
カラオケサービス大手。AIを活用した「選曲不要のカラオケ」 のデモンストレーション実験を行うとのことです。AIがユーザーの好みや場の雰囲気を分析して、自動的に最適な曲を提案するシステムと考えられます。
3. AI Robot Association(AIRoA)
AI搭載ロボットの社会実装を推進する団体。実世界の課題発見とフィードバックサイクルを通じて、ロボットの実用化を探ります。
4. トヨタファイナンシャルサービス
トヨタの自動車販売金融を統括する企業。Woven Cityで得られる実際のモビリティ利用データをもとに、新しい販売・ファイナンスモデルの開発を目指します。
なぜトヨタが「テック企業のような発表」をするのか
今回の発表は、自動車メーカーとしてのトヨタのイメージとは大きく異なるものです。その背景を読み解きます。
モビリティカンパニーへの変革
トヨタは近年、自らを「自動車メーカー」ではなく「モビリティカンパニー」と定義しています。Woven Cityはその変革の象徴です。
車を作る会社が、街を作り、その街でAIを開発し、ロボットをテストし、空飛ぶクルマの実証実験を行う——この発想自体が、トヨタの事業領域がいかに拡大しているかを示しています。
「AIは人間を補完するもの」という哲学
GoogleやMeta、OpenAIなど米国テック企業のAI戦略と比較して、トヨタのアプローチには明確な違いがあります。Woven by Toyotaは公式に「AIは人間の直感と能力を補完するものであり、置き換えるものではない」と宣言しています。
これは日本的な「ものづくり」の精神——技術は人間を支援するためにある——を、AI時代に再定義した姿勢と言えます。
リアルワールドでのテスト環境
シリコンバレーのテック企業がソフトウェアの世界でAIを開発しているのに対し、トヨタは実際に人が住んでいる街で、物理的な世界のAIをテストしている点が独特です。自動運転車もロボットも、実験室ではなく、人が歩き、子どもが遊び、車が走る実際の環境で試される——これはデータの質という面で圧倒的な優位性を持っています。
中小企業にとっての示唆
「かけ算」の発想は規模を問わず応用できます
Woven Cityの「Kakezan」は、大企業だけの話ではありません。自社の強みと、AIの能力と、パートナーの専門性を「掛け合わせる」ことで、単独では生み出せない価値を創出する——この発想は、中小企業にこそ有効です。
経営者のAI化は「知識の継承」の新しい形です
豊田章男AIのようなプロジェクトは、中小企業でも応用可能です。社長の判断基準、営業のノウハウ、ベテラン技術者の経験——こうした「暗黙知(たくみち=言葉にしにくい経験や勘に基づく知識)」をAIに学習させて社内で共有する取り組みは、事業承継の新しい形になるかもしれません。
「AIが街を動かす」時代のビジネスチャンス
Woven Cityで実証された技術は、いずれ一般の都市にも展開されます。AIによる映像分析、行動予測、データ統合——これらの技術が普及した社会で、どんなサービスが求められるかを今から考えておく価値があります。
参照元
- Woven by Toyota公式プレスリリース(2026年4月22日)https://woven.toyota/en/news/20260422/
- トヨタ自動車グローバルニュースルーム(2026年4月22日)https://global.toyota/en/newsroom/corporate/44256155.html
- Automotive News(2026年4月22日)https://www.autonews.com/toyota/an-toyota-woven-city-vision-ai-artificial-intelligence-ev-mobility-daisuke-toyoda-0422/
- Automotive World(2026年4月22日)https://www.automotiveworld.com/news/toyota-unveils-ai-vision-engine-for-woven-city/
- BigGo Finance(2026年4月22日)https://finance.biggo.com/news/m61Dtp0BQ45Y7dX669cF
- Mirage News(2026年4月22日)https://www.miragenews.com/toyota-woven-unveil-ai-tech-to-boost-kakezan-1659892/
- Toyota Canada Media(2026年4月22日)https://media.toyota.ca/en/releases/2026/toyota-and-woven-by-toyota-unveil-new–ai-technologies-to-drive-.html
- トヨタ自動車 Woven City公式ローンチ発表(2025年9月25日)https://global.toyota/en/newsroom/corporate/43347785.html
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